愚痴や弱音を聞いてもらうためだけにもう一人自分が欲しい

愚痴とか弱音とか言いたい。感情をコントロールせずに思いきりまくしたてたい。愚痴や弱音を聞いてもらうためだけに、私が一人欲しい。

私だったら私がいちばん欲しいリアクションを返してくれるし、私だから守秘義務もプライバシーも気にしなくていいし、かいつまんでわかった気になってわかったようなこと言わずに私の思いをまるごと理解してくれるし、最後には痛いぐらいの痛くないハグをして慰めてくれるだろう。

サンジくん大好き

今週のジャンプのサンジくん、ヤバかったですね。惚れ直した。好き。ヤバイ。好き。対カリファ戦やらカマバッカ島の修行やら魚人島での鼻血やらサンジを好きだと思いにくくなることは多かったけど、サンジの過去編からずっとひたすらにサンジの優しさに打たれ続けてる。なんて愛しいひとなんだ。怪獣のバラードを今こそサンジのために歌いたい。海が見たい。人を愛したい。

 

結局わたしはこういうキャラクターが好きだ。ポケモンの博士ではプラターヌ博士が好きです。キャラデザのテーマがイケメンらしいです。イケメンでした。研究所の博士の部屋には楽器とレコード、美しい筆蹟で書かれた手紙は良い匂いがする。

 

欧米の映画俳優では、ジョセフ・ゴードン=レヴィットとデイン・デハーンが好きです。

音楽はコールドプレイしか聞かないです。今日はコールドプレイのライブです。VIP席買ってある。

 

ああ、愛する者がこんなにもいる。

記憶を遡ってバレンタインデーを殺す

今年は誰にもチョコレートを用意していない。会社にも親戚にも夫にも何も贈らない。

チョコレートは好き。たまには高級なチョコレートを買ってじっくり味わって食べるのも良いけれど、それはバレンタインじゃなくていい。バレンタインにしか来日しないショコラティエのことはもう諦める。

 

もうずっとやめたかったしやめても良かったんだと、やめたら気付いた。弟へのバレンタインは去年から示し合わせてやめている。去年は楽天でチョコレートを注文して送付先に祖父母や実家の住所を直接指定した。メッセージは別途ポストカードを作って送った。それ以前は毎年デパートの催事フロアを歩き回ってチョコレートを買っていた。父には母が喜ぶような可愛いものを、弟には少し変わっていても特徴あるものを、祖父母と父の恩師には日持ちして、食べやすくて、華やかで、奇をてらわない、あまり高すぎないものを選んで買って、メッセージを書いて、梱包して発送して「届いたよ」の電話を受けることでやっとバレンタインの務めは終わる。夫へのチョコレートはほとんど自分へのご褒美のようにいちばん食べたいものを買って半分くらい私が食べてしまうのだけど、夫からのホワイトデーのお返しが無くて毎年ケンカになった。私はバレンタインでこんなに大変な思いをしているのにあなたは私一人にお返しすれば良いのにそれさえもしてくれないの?

 

実家を出る前はチョコレートを買ってメッセージを用意するところまでだった。梱包と発送は母が行い、届いたよの電話も家の固定電話に来ていた。父と弟のぶんは買ってきてピアノの上に置いておくだけでよかった。

社会人1年目、バレンタインをスルーした私に母がキレた。その前に私は祖父母の古希祝いを仕事で欠席しており、母は私からということにして夫婦茶碗を贈ったらしく、それも合わせてひどく責められた。常識がないとなじられ、感謝の心がないと人間性を否定され、給料の使い方まで徹底的に叩かれた。翌日バレンタインチョコレートが撤収されたデパートで冷たい汗をかきながら父と弟へのお菓子を買って、以降バレンタインチョコレートの調達は私の役目になった。

 

学生時代ー大学、高校、中学校、小学校、物心ついてからずっとバレンタインのチョコレートにつける手紙を書かされていた。2月になると母がチョコレートを買ってきて私にバレンタインだからおじいちゃん達に手紙を書いてと言う。私は何を書くか悩みながらも毎年便箋を埋める。梱包の差出人には私の名前。

推測だが、おそらく母はお年玉のお礼としてバレンタインチョコレートを贈り始めたのだろう。お年玉は子供がいる者同士なら相殺できるが、そうでなければ貰いっぱなしになる。それでは収まりが悪いと考えたのかもしれない。ついでに上の世代に馴染みのないような返し方をすることで気が利いていると思われたかったかもしれない。

だが、そうだとして、その務めを娘の私が負わねばならなかっただろうか。弟はバレンタインの手紙を書かされたことなどなかった。

 

いま現在、実家との関係は良好だ。母に買ってもらった大きすぎる雛人形を眺めながら、今年はバレンタイン無理ですと電話したら気にしてたのねと笑って許された。できるときで良いよと言われた。二度と贈ることはないと思う。娘にもそんな義務は負わせない。

 

贈り物は贈りたいひとが贈ればいいのだ。贈らなければならないなんてことは絶対にない。義務感でしてきた贈り物はずっと苦しかった。父の恩師とのやり取りには良い記憶もあるけれど、それでももう戻りたくない。

 

※会社のバレンタインは毎年「今年はどうします?」「やんなくて良いよね…」でスルーしており、今年も無事にスルーできそう。

ポケモンサン/ムーンが名作だった

ポケットモンスター サンをプレイしている。こないだ殿堂入りしたばかりで殿堂入り後の物語も道半ばだけれど、既に思う。ポケモンサンは名作だ。

初めて遊んだポケモンはXで、夫が購入したXを横から見ていたらあまりに楽しくて、いつの間にか私がプレイして夫が横から見ていた。殿堂入り後のストーリーも二人できゃあきゃあ言いながら進めた。ポケモン図鑑を埋めるため、夫が以前遊んだホワイトにも手を出したりした。


次に出たアルファサファイアはあまり楽しめなかった。欲しかったポケモンがたくさん手に入ったけれど、なんというか作業だった。遊んだ時間が宝物になったXのプレイ体験とはあまりに違ってしまって寂しかった。こんなものなのかもしれないと思った。初めて遊ぶゲームは面白い。夫はXよりもずっとホワイトは素晴らしかったと言うし、何事も最初は新鮮で刺激的だ。レストランだって初めて行って美味しいと驚いた店でも2度め3度めには感動も薄れるものでしょう?
だからもうポケモンは買わないつもりだったのに、今回も夫につられてしまった。夫はポケモンの新しい情報が公開されるたびに「あれ見た?」と話題にし、3DSを買って二人で対戦しようと魅力的な未来をちらつかせ、プロモーションムービーを二人できゃあきゃあ言いながら見た。とうとう9月、ポケセンでサン/ムーンのセットを予約した。


サンは本当に名作だった。ハワイをモデルにしたアローラ地方、子供たちは11歳になると島巡りの試練に挑む。4つの島には島の守り神に認められたしまキングがいて、しまキングに任命されてキャプテンを務める少年少女がいる。彼らは子供たちに試練を課し、試練達成すると立ち入ることのできる場所が増える。大人の庇護の下で促されるままにポケモンバトルが強くなり行動範囲を広げていく子供たち。島の大人たちもかつて島巡りをした子供であり、島巡りをしている子供はいつかキャプテンやしまキングになるかもしれないトレーナーである。あちらこちらで、島巡りを達成できなかった大人が出てくる。すごく強かったのにキャプテンに選ばれず、不良少年少女のボスになってしまった大人もいる。大人の役割を果たせない大人、子供として支配されるままではない子供。
主人公はカントーから引っ越してきたばかりのよそ者だけど、もうひとり数ヶ月前に突然現れたという少女リーリエがいる。リーリエは主人公よりもずっとドラマチックで魅力的で主人公と同じ11歳だ。見ず知らずだったリーリエに部屋を与えて保護してくれる大人がいる。自分の思い通りにならない子供は要らないという大人もいる。私達がポケモンに卵を産ませて厳選して鍛えてパーティを作るということに対して刺さるナイフがある。


今作ではライドポケモンというシステムがあり、島の大人が育てたライドポケモンをシェアして空を飛んだり波に乗ったりしてくれる。今までのように手持ちに秘伝要員を入れなくていい。瀕死のポケモンで岩を砕いたり滝登りしたりしなくていいし、ポケモン側も搭乗者もきちんとサポーターを着用している。

 

アローラの色鮮やかな空、花、緑。街を離れると常に何処からかポケモンの鳴き声がする。私の感じる快適さは誰かの成した仕事でできている。与えられた自由の中でやれる限りの自分を生きていくのだと思う。

 

1日1時間ずつXをプレイしていた時の、畳の隅っこに二人で座ってホットミルクを飲んでいた時間がすごく楽しかった。ミアレシティっておしゃれだな素敵だなってワクワクして、カフェやタクシーでチップをばんばん支払った。ヒャッコクシティのおじいさんに貸していたヤヤコマは育てることも交換に出すこともできずに今もボックスにいる。プラターヌ博士にもはや研究所でしか会えないのが寂しい。デクシオとジーナにも会いたい。国際警察ハンサム、マチエール、もこお、私のかわいいフラエッテ
サンの体験は新しい宝物になった。娘を寝かしつけた後、カーペットに寝転んでホットミルクやを飲みながら少しずつ進めていった。すべてのポケモンは可愛いという点で娘に似ていて、すべてのトレーナーは成長した娘の姿かもしれない可能性で、いつか花と空の色鮮やかな国に娘を連れていきたい。

今年買いたいものリスト

【洗濯機】

買い換えたい。

 

【テレビ】

スペックが何も決まってないがそろそろ欲しい。録画とかDVD再生は別機器が必要なのか、テレビを支える台も必要なのか、その辺りもこれから調べる。

 

【ソファ】

テレビの前に置きたい。

下をルンバが通れて幅150cm未満でつめれば3人座れてできれば座面に切れ目がなくて色がかわいいものが欲しい。

 

【ベビー用品ラック】

テレビとソファを置くためにベビーベッドを処分してベビーベッドに置いてある物を整理しなければならない。

 

【クリスマスツリー】

 2016年は買い損ねた。

 

【大きめのお椀】

お雑煮やお蕎麦を食べるのにどんぶりでは大きすぎるので大きめのお椀が欲しい。

 

 

買えたかどうかは今年の最後に振り返ります。

 

 

連載中のマンガで買ってるもの

すみれファンファーレの6巻が出る!IKKI休刊で書下ろし最終巻なんてことになってみんな待ったり忘れたりしながらやっと2016年12月にすみれファンファーレの6巻が出る!

最近、漫画がちゃんと買えない。発売直後に買い逃して買えなくなるのもよくあるし、それを避けるために早めに予約したら予約したのを忘れてまた買ってしまったりする。良い機会だからいま紙で買ってる漫画を羅列する。

 

『acca13区』オノナツメ

12月24日に最終巻の6巻が出る。有隣堂の特典ポストカードを毎巻集めているので最終巻も有隣堂で買う。

 

『春の呪い』

これも12月24日に下巻が出て完結する。上巻は100回くらい読み返してる。よく読み返すなら紙のほうが読みやすいと思う。

 

ランドリオールおがきちか

年に2回くらい出て毎回特装版と通常版がある。書店特典がいつも数種類ある。売り切れを避けるためにセブンネットで特装版を予約して、通常版をどこか特典のつくところで買う予定。次回29巻は限定生産のアニメDVD付き。

 

3月のライオン羽海野チカ

書店特典ペーパー欲しい!でも発売日にぜったい読みたいし近所に本屋は無い!ペーパーの内容はファンブックが出たら収録されるかなと思って最近は諦めてる。12巻は間違えて2冊買ってしまった。発売日が周辺でTLがざわつくので買い逃しは心配しなくても良いかもしれない。

 

シュトヘル伊藤悠

 年に1,2冊出る。装丁が良いし、キャラが多いので紙で読む必要がある。キャラが多い漫画、電子版で読むの難しい。

 

ドロヘドロ林田球

年に1,2冊出る。装丁がめちゃくちゃ良い。

 

ジョジョリオン荒木飛呂彦

たぶん20巻以上の連載になる。装丁がやっぱりかっこいい。ジャンプコミックスなので紙質は悪い。

 

血界戦線内藤泰弘

読み返すので紙で買ってるけど、大きい画面で読みたい。

 

ワールドトリガー葦原大介

先生の体調次第だけど50巻以上続いてほしい。永遠に読みたい。

 

『鬼滅の刃』吾峠呼世晴

まだ4巻。しかし毎週ジャンプに載っているので年に4,5冊出る。早く禰豆子が人間に戻れますように。

 

ちはやふる末次由紀

1巻を買った時はこんな長編になるとは思ってなかった。装丁が美しいし紙で持っていたい。しかし年に3冊くらい出るので電子版に移行したい。BOOKWARKERでも30巻くらいまで持ってる。

 

『きのう何食べた』よしながふみ

全巻台所に置いてる。でも先生とあんまり味の好みが合わない。年に1冊くらい出る。

 

『大奥』よしながふみ

年に1冊くらい出るけど、そろそろ江戸時代が終わるので最終巻が近い。

 

宝石の国市川春子

買い逃し率が高い。限定版が出るタイプだから買い逃しは痛い。

 

『ディザインズ』五十嵐大介

2巻出た?まだ?いつ出るの?

 

『惑わない星』石川雅之

2巻のことのんびり待ってる。

 

あと電子版で買ってたけど紙で買い直そうとしてるのが

『月に吠えらんねえ』

昭和元禄落語心中

 

ほかに電子版で買ってるのは「ハイキュー!」「僕のヒーローアカデミア」「宇宙兄弟」「スティーブズ」「ダンジョン飯」「プリンセスメゾン」「ましろの音」「あさはかなゆめみし」「マリーマリーマリー」「AIの遺電子」
 
あと連載おわったけど「2DK」…なんとかもう1巻でてほしい「2DK」…私家版最終巻を先生がイベントで売ってたのは知ってる……
 
 
 

円都空間in犬島

結論から言うと犬島に円都はあらわれなかった。
なんでこの内容で円都の名前を使ってしまったんだろう…ステージの上にイェンタウンは居なかった。ステージの周りにもイェンタウンは無かった。

 

以下、敬称略です。
まず会場そのものにイェンタウンの要素がなくてがっかりした。ディズニーランドやUSJみたいに映画の世界を体験できると期待してしまっていたから。そこまでとは言わなくともイェンタウンをモチーフにしたインスタレーションがあっても良かったんじゃないか。
それでも公演はイェンタウンのライブなのだと思って待った。しかし始まってみれば全然イェンタウンじゃなかった。かっちりオシャレにキメた演奏者、朗読、黒い幕に投影される詩。リリィシュシュや安藤裕子ACIDMANはその見事な歌唱力でYEN TOWN BANDの曲を歌うわけではなく、イェンタウンとして歌うわけでもなかった。やっと第6章になってグリコが登場し、すこしだけ歌ってまた下がってしまった。
素晴らしいパフォーマンスだったけど、そのパフォーマンスは彼ら演者だけのものだった。ステージに上がるとき降りるとき彼らはこちらを見ない、曲の終わりもどこなのか判然としない、突然に表示される章タイトル、やけに遠いステージ。観客はむしろ排除されていたような気さえする。何か参加できる手掛かりがあっても良かったのではないか。
一般的に演奏という行為には表現の要素とファンサービスの要素がある。私はイェンタウンのファンとして犬島まで駆けつけたけど、イェンタウンのファンを楽しませるためにやってるわけじゃない、ということを突きつけられた感じ。

幸いなことに、犬島そのものはとても楽しかった。今回、夫に娘を頼んで一人で来たということもあってほかの島はまわれないけど、もっとほかの島も見たい。

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映画の公開から長い時間が経って、それは、たとえば高校の頃の友人が10年後に会っても共通の話題がなくて誰とでもできるような会話しかできなくなるような、いつのまにか共有できなくなってしまっていた想いを、回顧ではなく現在形の想いを、これからも一人で抱えていく。