ポケモンサン/ムーンが名作だった

ポケットモンスター サンをプレイしている。こないだ殿堂入りしたばかりで殿堂入り後の物語も道半ばだけれど、既に思う。ポケモンサンは名作だ。

初めて遊んだポケモンはXで、夫が購入したXを横から見ていたらあまりに楽しくて、いつの間にか私がプレイして夫が横から見ていた。殿堂入り後のストーリーも二人できゃあきゃあ言いながら進めた。ポケモン図鑑を埋めるため、夫が以前遊んだホワイトにも手を出したりした。


次に出たアルファサファイアはあまり楽しめなかった。欲しかったポケモンがたくさん手に入ったけれど、なんというか作業だった。遊んだ時間が宝物になったXのプレイ体験とはあまりに違ってしまって寂しかった。こんなものなのかもしれないと思った。初めて遊ぶゲームは面白い。夫はXよりもずっとホワイトは素晴らしかったと言うし、何事も最初は新鮮で刺激的だ。レストランだって初めて行って美味しいと驚いた店でも2度め3度めには感動も薄れるものでしょう?
だからもうポケモンは買わないつもりだったのに、今回も夫につられてしまった。夫はポケモンの新しい情報が公開されるたびに「あれ見た?」と話題にし、3DSを買って二人で対戦しようと魅力的な未来をちらつかせ、プロモーションムービーを二人できゃあきゃあ言いながら見た。とうとう9月、ポケセンでサン/ムーンのセットを予約した。


サンは本当に名作だった。ハワイをモデルにしたアローラ地方、子供たちは11歳になると島巡りの試練に挑む。4つの島には島の守り神に認められたしまキングがいて、しまキングに任命されてキャプテンを務める少年少女がいる。彼らは子供たちに試練を課し、試練達成すると立ち入ることのできる場所が増える。大人の庇護の下で促されるままにポケモンバトルが強くなり行動範囲を広げていく子供たち。島の大人たちもかつて島巡りをした子供であり、島巡りをしている子供はいつかキャプテンやしまキングになるかもしれないトレーナーである。あちらこちらで、島巡りを達成できなかった大人が出てくる。すごく強かったのにキャプテンに選ばれず、不良少年少女のボスになってしまった大人もいる。大人の役割を果たせない大人、子供として支配されるままではない子供。
主人公はカントーから引っ越してきたばかりのよそ者だけど、もうひとり数ヶ月前に突然現れたという少女リーリエがいる。リーリエは主人公よりもずっとドラマチックで魅力的で主人公と同じ11歳だ。見ず知らずだったリーリエに部屋を与えて保護してくれる大人がいる。自分の思い通りにならない子供は要らないという大人もいる。私達がポケモンに卵を産ませて厳選して鍛えてパーティを作るということに対して刺さるナイフがある。


今作ではライドポケモンというシステムがあり、島の大人が育てたライドポケモンをシェアして空を飛んだり波に乗ったりしてくれる。今までのように手持ちに秘伝要員を入れなくていい。瀕死のポケモンで岩を砕いたり滝登りしたりしなくていいし、ポケモン側も搭乗者もきちんとサポーターを着用している。

 

アローラの色鮮やかな空、花、緑。街を離れると常に何処からかポケモンの鳴き声がする。私の感じる快適さは誰かの成した仕事でできている。与えられた自由の中でやれる限りの自分を生きていくのだと思う。

 

1日1時間ずつXをプレイしていた時の、畳の隅っこに二人で座ってホットミルクを飲んでいた時間がすごく楽しかった。ミアレシティっておしゃれだな素敵だなってワクワクして、カフェやタクシーでチップをばんばん支払った。ヒャッコクシティのおじいさんに貸していたヤヤコマは育てることも交換に出すこともできずに今もボックスにいる。プラターヌ博士にもはや研究所でしか会えないのが寂しい。デクシオとジーナにも会いたい。国際警察ハンサム、マチエール、もこお、私のかわいいフラエッテ
サンの体験は新しい宝物になった。娘を寝かしつけた後、カーペットに寝転んでホットミルクやを飲みながら少しずつ進めていった。すべてのポケモンは可愛いという点で娘に似ていて、すべてのトレーナーは成長した娘の姿かもしれない可能性で、いつか花と空の色鮮やかな国に娘を連れていきたい。